帰国の様子②

機体が離陸する。雲と地上の間の高度では、虹が見える。しばらくすると、雲の上に上昇、機内から見える景色は、一面の雲の海と青の空。

景色が単調なため、手持ちの文庫本を手に取る。モーパッサン女の一生」。時折入るしつこいくらいの情景描写が、機内の殺風景な様子を彩る。彩るのはいいのだが、機内座席付属の読書用照明が壊れている。仕方ないので、窓から採光して明かりを取る。現地時間ではとっくに20時を回っているが、緯度が高いということもあり太陽が沈まず、雲の上もまるで昼間のような感覚だ。


しばらくすると、機内食が配られる。夕食だ。ロシア風の料理である。珍しいものではあるかもしれないが、味は良いものではない。機内食が終わると、消灯の時間である。


今は何時だろう。詳しい時間はわからない。手持ちの腕時計が壊れ、ロシアで買った懐中時計も手荷物のカバンの中。時差も計算しなければならず、時間感覚が狂ってくる。


ビジネスシートの上、眠れたのか眠れてないのかよくわからないが、とりあえず目を覚ます。しばらくすると、朝食代わりの機内食が出る。これもロシア風だ。身体の感覚がよくわからなくなり、おいしいのかまずいのかよくわからなくなってくる。


時間はまったくわからなかったが、機内アナウンスにより、あと1時間ほどで成田空港に到着だという。窓の外を見ると、なるほど高度もやや下がって眼下に街並みが広がっている。これはすでに日本なのだろう。日本に着いてしまったのだろう。


それから、成田空港到着までは、あっというまであった。


着陸、移動、入国検査。すべてがスムーズに行く。


日本に帰ってきたのだ。日本語の看板、日本語を話す人々、日本食を売る店。なにもかも、10ヶ月ぶりである。


しかし、感慨はまったくない。ロシアにいるときは、一息つけて安心感を得るのだろう、日本人の自分にとっては、日本が住み心地良く感じるだろう、そう思っていた。だが実際に故郷に足を踏み入れても、何も感じない。むしろ、10ヶ月過ごしたモスクワとは全く異なる環境であるため、違和感の方が強い。


もちろん、コンビニでお茶とおにぎりを買って口にしたときは、懐かしさ満開であった。しかし、空港から横浜の実家へ向かう電車へ乗り込むと、車窓から流れるあらゆるものが違和感を持たせた。狭い道路、センスのない凸凹の街、やたらと高い交通費…。


これが、僕の住んでいた日本であったのか。こんな街であったのだろうか。予想とは大きく異なった姿に、戸惑いは隠せない。