ロシアに来て3ヶ月

3のつく区切りは、危ないと言います。3年、3ヶ月、3週間、3日、3時間、3秒。この時、お互いに飽きてきたり、嫌気がさしてくることが多いようです。こういう危機は、お互いが頑張ってなんとも乗り切りたいものです。

というわけで、ロシアに来て3ヶ月。ブログを書き始めて4ヶ月です。

モスクワに来た当初、10ヶ月と言う時間が、まるで永遠のような期間、そしてこのモスクワの地があたかも牢獄であるかのような不安感を抱いたことをよく覚えています。それからずっと心配事がないわけではありませんでしたが、でも今はモスクワでの生活がまるで日常になっていることに、少し驚いてしまいます。
モスクワが日常になったということは、自分の中で何かが変化したということ。自分は、どう変化したんだろう。

モスクワに来て、自分が変わったと思う点は、友達には何でもしてあげたいという気持ちを抱いているということと、逆に他人には非常に冷たくなってしまった、ということ。


(ロシアに来る準備の際、そして)ロシアに来て、僕は本当に多くの人にお世話になった。日本人、外国人問わず。彼らがいなかったら、僕は生きてこれたのか。いまここにいるのか。んなこたあない。そういう人たちにはリアルに感謝しているし、そしてそのお返しの意味も込めて、困っている友達がいたら、全力で問題を解決したい。そう思ってます。もちろん、日本でこういう気持ちが無かったわけではありませんが、でもそれは留学に来てからより強いものになったのは確かです。


でも。他人、特に街中ですれ違うだけのような人たちには、ホント冷たくなったな、と感じます。
例えば、道端でお金をせびる人たち。来た当初、多少は同情の気持ちを彼らに寄せていたのですが、今は正直「ジャマだな」としか思ってません。特に危害を加えたりするわけではないので嫌っているわけではありませんが、何も感じません。数が多すぎて、いちいち同情寄せてたらキリがないのです。(サンクトペテルブルグ編で書いた、「寝てるのか死んでるのかわからない、転がっている人間」という描写は、後で自分で読んでびっくりしました。)
戦争で負傷したのか、足や腕がない人、さらには下半身が全くない人をさすがに見ると良心がうずきますが、それ以上のことは何も感じませんし、何もしません。「あなたたちを助けるのは、僕のやることではない」と心の中で繰り返しながら。

いつだったか、留学生はマゾヒストたれと書いたと思いますが、こういう内面の変化も受け入れなければいけないのが、留学生の宿命でしょうね。